当然のことながら、戦争が生産手段や所有制度の発達と密接に関連しあっていることは容易に想像がつくはずである。 例えば旧石器時代のように、人類が狩りや採集によって生活していた頃、戦争はなかなか起こりえなかったことであろう。もちろん暴力沙汰はあったし、他の部族との間で狩り場や獲物争いくらいは起こったかもしれない。しかし、その程度の現象を戦争と呼ぶわけにはいかない。それらはせいぜい、個人もしくは小さな集団同士の小競り合いか略奪行動、報復といった類いである。何故なら、当時のわずかな生産能力や備蓄能力からして、大勢の人間が関わる戦争など起こせるはずもないからだ。そのことから考えると、原始共産制社会にとって、戦争はまだ「ぜいたくな行為」といえる。フランスの社会学者ロジェ・カイヨワ(註E)は戦争を定義して、「戦争は集団的、意図的かつ組織的な一つの闘争である」として、さらに単なる武力闘争とは違い、「破壊のための組織的企て」と述べている。この点が彼の言う戦争の本質であり、そこでは軍隊という集団、指揮者の意志、勝つための方法・戦術という組織運用の原則が不可欠になってくるわけである。とすれば、人類文明が狩猟、採集農業の域を脱して定住・農耕に移行して以後になってはじめて、今日考えられる戦争の歴史が始まったといえるのではないだろうか。さらに、『人類と機械の歴史』を書いたサミュエル・リリー(註F)は、このことに関して次のように指摘している。 「容易に分かるように、(旧石器時代の)技術水準では、(原始共産制)以外の社会形態は不可能だった。狩猟人と植物採集人は、せいいっぱい働いても、生きてゆけるだけの食糧とその他の必需品を生産することしかできない。だれかが他人の労働で生活することを可能にするような剰余は残らない。部族全体が自然に対するきびしい闘争で不敗の前線を維持せねばならず、内輪争いはこの闘争における敗北と死を意味する。(その理由から)戦争は農業の出現までは稀にしか全く起こらなかった。なぜなら、人々は戦争している間は狩猟をすることができず、狩猟を中止すれば、こういう低い生活条件のもとでは生き残れないからである」 以上から、原始共産制社会における生産能力や備蓄能力では、戦争という、状態を起こすことができないことが判明した。しかし、サミュエル・リリー氏が指摘するように、定住農耕が出現するに及んで事情は一変するわけである。狩猟から耕作ヘ、移動から定着への変化は革命的なものであった。富の差が生まれ、階級へと分化し、やがて国家をつくりだすようになる。そうなるとその社会の仕組みは、もう「手から口ヘ」の、その日暮らしの経済ではなくなるわけである。戦士を養う食糧、武器を供給する技術力も生まれ、さらに戦争の目的も出てくる。例えば、川のそばの水利条件のよい土地を確保すること、捕虜をとって農作業に使役すること、属国に食糧を貢納させることなどがあげられる。 やがて、戦いに勝利するようになれば、「戦争は引き合うもの」として、考えられるようになり、そうした状態を野心に満ちた権力者が放っておくはずもなかった。こうして戦争は、古代国家を成り立たせ、かつ強固に発展させていく大きな原動力にのしあがっていったわけである。 さらに権力者は、戦争を自分のために利用し、みずからの権力をさらに強化するとともに、国家の統制力や強制力も強めていったのである。 |
序章 学問とは自発的行為である 学問とは自己満足の世界である 学問的行為者の学問的行為 学問は必ずしも社会の役に立たないのは当然 私的空間と公的空間をつなぐ方法−論文− 序章での引用文献・参考文献 第T章 何故、日本の物価は世界と比べて高いのか(経済学) (1)はじめに (2)為替レートの変化 (3)内外価格差の現実 (4)むすび 第T章での引用文献・参考文献 第U章 何故、戦争は起こるのか(国際政治学) (1)はじめに (2)戦争の歴史 (3)経済的要因からみる戦争の出現 (4)生物学的要因からみる戦争の出現 (5)何故、戦争は起きるのか (6)経済制裁で、北朝鮮を追いつめてはいけない (7)むすび 第U章での引用文献・参考文献 第V章 何故、男は女を愛し、女は男を愛するのか(大脳生理学) (1)はじめに (2)男が女を愛し、女が男を愛する理由 (3)男と女の関係を決める要素は何か (4)男と女のつりあった関係 (5)むすび 第V章での引用文献・参考文献 終章、あとがき |