ゼミナール 中国経済
内田真人
2010年5月
はじめに
中国経済の研究を始めて十数年、中国に滞在して十年以上になろうとしています。ようやくおぼろげながら分かりかけてきたことがあります。これまでの学習と研究を”入門”、”初級”、”中級”と”上級”の4段階に分類し、「ゼミナール 中国経済」としてまとめてみました。
■中国経済と教科書
中国経済に関する書籍はたくさんありますが、教科書として使えるものは多くないようです。城西大学では、「アジア経済論」で中国経済が取り上げられていました。その際の教科書は、さくら総研(1994)『新世紀へのアジア発展のシナリオ』と渡辺利夫編(1994)『アジア経済読本』でしたが、これらを中国経済の教科書とするのはあまり適当ではありません。
これまで参照した書籍から適当なものを列挙すると下記の通りです。
- [入門]小島麗逸(1997)『現代中国の経済』岩波新書。[Amazon]
- [初級]丸川知雄(1999)『市場発生のダイナミクス』アジア経済研究所。[Amazon]
- [中級]栗林純夫、高橋宏、菱田雅晴(1994)『中国の経済社会発展』人と文化社。[Amazon]
- [上級]中兼和津次(1999)『中国経済発展論』有斐閣。[Amazon]
■中国経済と経済理論
経済理論の重要性を石川滋は下記の例えで強調しました。
「ルネッサンスの画家は、人体をリアルに描く為に常に見えざる骨格を意識したそうだ。これと同様に経済学者は、中国経済を研究する際に常に見えざる経済理論を意識しなければならない。」
石川滋がいう経済理論は、いわゆる「開発経済論」です。中国経済をより深く理解するためには「開発経済論」を学ぶ必要があります。これまで、参照した書籍から適当なものを列挙すると下記の通りです。
- [入門]山形辰史編(1998)『やさしい開発経済学』アジア経済研究所。 [Amazon]
- [初級]大野健一、桜井宏二郎(1997)『東アジアの開発経済学』有斐閣。[Amazon]
- [中級]M・トダロ著(1998)『M・トダロの開発経済学』国際協力出版会。 [Amazon]
- [中級]渡辺利夫(1996)『開発経済学---経済学と現代アジア 第2版』日本評論社。[Amazon]
- [上級]速水佑次郎(1995)『開発経済学---諸国民の貧困と富』創文社。[Amazon]
- [上級]石川滋(1990)『開発経済学の基本問題』岩波書店。[Amazon]
経済学の一分野なので、「開発経済論」の方が中国経済論より体系的です。別の言い方をすれば、中国経済は「開発経済論」の枠組で分析した方が論理的に理解しやすいです。
おわりに
日本の中国経済の研究者で、「開発経済論」、又はそれに近い枠組を持っている方は100名以上になります。所属機関別に見ると大学が70%以上で、更に大学の所属学部を見ると経済学部だけでなく、経営系、農学系、国際系、情報系等と多岐にわたっています。
多様なのは中国経済の研究者だけではありません。現在では、様々な動機を持った学習者がいます。これまでお会いした学習者から動機別の学習ガイドラインを考えると下記の通りです。
- 駐在員コース:中国で働いている方。ご出張で中国に行かれる方にも適しています。まずは、『生活・ビジネス情報ガイド ハロー香港』や『地球の暮らし方 北京・上海』で現地情報を把握しましょう。社会主義の中国に日本の常識は通用しません。基本的なことですが、中国就労ビザ(工作類居留許可等)にも注意して下さい。いわゆる「改革開放」政策から中国は、旅行者、出張者、駐在員を歓迎してきましたが、近年は日本人でも厳しく取り締まることが多くなっています。これら現地情報に加えて、[入門]を参照されると中国経済は様々な枠組で研究されていることが分かるでしょう。特定の枠組を過信せず、バランスの取れた情報収集が重要です。
- 社会人コース:日本経済にとって米国経済に次いで重要な中国経済を社会常識として理解したい方。大学1、2年の教養としても適しています。まず、[入門]を参照して下さい。次に[初級]を参照して下さい。ここまでは、経済学の知識がなくてもだいたい理解していだけると思います。経済学を勉強された方や経済学部の学生は中級まで参照されると更に理解が深まります。
- 研究者コース:大学院で研究されている方。中国経済ウォッチャーとして研究をされたい方にもお勧めです。中国経済だけでなく、「開発経済論」もバランスよく学習して下さい。今日では、多くの研究者が論文をインターネットで発表していますが、経済理論を理解していないと難解です。[中級]はいわゆる近代経済学(ミクロ経済学とマクロ経済学)の枠組で記述されています。[上級]になると既存の経済理論を修正した研究者独自の理論が含まれます。このレベルの文献がしっかり理解できるようになれば、研究者になることも夢ではないでしょう。
- 革命家コース:中国経済に経済発展の新たな可能性を求めている方。先進国の経済のあり方に疑問を持っている方にも適しています。既存の経済体制である資本主義と社会主義を再検討するのはどうでしょう? 森田昌幸の「社会主義国家崩壊の原因」はきっかけを与えてくれるでしょう。それとも、経済理論の前提を疑い、もう一度自分の頭で徹底的に考えてみるのはどうでしょうか? 浦上博逵の「経済哲学のすすめ」は参考になるかもしれません。又は、難解であるのを承知で経済学の[古典]と格闘するのも案外近道かもしれません。興味のある方は、「中国経済と経済学の古典(--1944)」を参照してください。
最後に「ゼミナール 中国経済」を一通り理解された方は、ぜひ専門的な学術雑誌を参照してみて下さい。アジア経済研究所の「アジア経済」は実証的な研究で定評があります。経済学の多様な枠組に注意しながら、中国経済学会の「中国経済研究」や中国研究所の「中国研究月報」も参照されると更に理解が深まるでしょう。経済学の枠組を越えて、政治経済学で研究をされたい方は、アジア政経学会の「アジア研究」を参照して下さい。
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